木更津駐屯地航空際

木更津駐屯地航空際
2019年12月8日木更津駐屯地航空際にて撮影

2011年7月22日金曜日

コクリコ坂から 観了


コクリコ坂から 観了
 拙者は川崎市出身です。物心が付く前に引越してしまいました。戸籍謄本が必要になって、物見遊山で自分で生まれた街に出かけて行きましたが、町から区に変わり、思い出などあるわけも無く、ただ国道一号線の歩道橋から眺めた車の流れる風景だけが何故か懐かしさを感じました。東京オリンピック以前の記憶など持ちようも無く、物心付いた時には既に都内に砂利道など見かけなくなっていました。
 映画「コクリコ坂から」を見ると町の風景や台所を通じて「生活」を丹念に描こうとしているのが良く伝わってきました。そして戦後から高度成長期に入る直前の、明日に希望が持てる時代の雰囲気が良く出ていたと思います。
 映画「三丁目の夕日」評に“匂い”が無いとありましたが、確かに「コクリコ坂から」にも匂いが感じられませんでした。残念ながら人間の文化の中で“匂い”を芸術に生かせる事ができたのは「香水」と「香道」くらいしか思い浮かびません。唯一映画で「ピンク・フラミンゴ」と云う怪作が実験的に「映像」と「匂い」を繋げた実験をしたらしいと云う事を聞いた事があります。“映像”作品は“匂い”に関しては不得手であると云えるでしょう。
 港町の潮の匂いは当然ながら、魚岸の生臭さとか、昨今であれば軍艦島周辺の海の水は透明度が高く海辺に立つとこれぞ潮の薫りと云う感じがします。しかして東京湾とか横浜の海に匂いとは全く別物としか感じられません。いわんや50年前の横浜周辺の海の匂いたるや、ドブ川と何が違うのかっていうくらい“海”ではなかったはずです。コンビナートから色とりどりの煙を出しながら、タグボート船内で咳き込むとか鼻を手で押さえるくらいの描写が無いのも不思議でした。おそらく演出家も作画マン達も匂いに関しては知らず、知らないものは描きようがなかったのでしょう。今でも千葉県の君塚周辺の海沿いならば変な匂いが立ち上っています。
 高校の文化部部室棟の汚さは見た目や埃もさることながら、野郎達しか活動してこなかった「臭い」が籠っているはずで、その“野郎臭さ”を追い出した点が一番評価できるストーリー展開のはずなのですが…。
 “匂い”と共に当時は現在より暗かったんです。大震災以後関東圏ではかなり暗くなっていますが、「コクリコ坂から」当時は蛍光灯ではなく白熱電球のはずであり、台所等はかなり薄暗かったはずなのに、劇中の照度は現在と変わりない様に描いていました。部室棟のシャンデリアとか懐かしい木製電信柱の街灯や商店の軒先の照明は描かれていましたが、民家の屋内の照明器具は結局描かれていないようです。恐らく資料を入手できなかったのでしょう。
 主人公の女の子は父居ない身の上ながら、山の手に住み私立の学園に通うお嬢さんです。自宅の病院を下宿に改造しているとは云え、通いで家政婦さんに来てもらい、母親はアメリカで研究をするほどです。港町であるがゆえに、海外航路の船員も少なくなく海外の文物情報が入手しやすかったり、東京と云う都会からも遠く無いでしょうが、それでもアッパークラスの生活であることに変わりはありますまい。
 さて95分の最近では短い部類に入る作品ですが、拙者は飽きました。この映画の趣旨は東京オリンピック前の日本の港町を描写する事のみにあり、それ以外は付録にすぎません。ですから主要シーンが出揃ってしまえば後はなんとも空虚な風景ばかり見せられるばかりになります。ストーリーと云えば、本当に宮崎駿が関わったのかと疑いたくなるほどの単純な小話で、押井守が作った「うる星やつらビューティフル・ドリーマー」の導入である高校の文化祭の部分だけを舞台設定に持ってきて一つの話に仕立てています。宮崎駿と押井守の関係を考えたら、師弟とも戦友とも歳の離れた同僚とも云うべき二人の間柄でそれは絶対にするまいと思うのですが、してしまったのですねぇ。色々な大人の事情があるのは分りますが、老いたなぁ宮崎駿、そこまでして息子を立てねばジブリはやっていけなくなってしまったのでしょうか。
 同じ話を繰り返してしまいますが、東映アニメーションで若き宮崎駿は労働運動に精をだし、会社とか組織とかに疑問を持ちます。ナウシカやラピュタを作ったときは映画一作だけの契約で人を集めて作りましたが、雇用の確保無くして技術の伝達は不可能と云う事に気がつきスタジオジブリが設立されます。ジブリに雇われた田舎の少女達の物語が「魔女の宅急便」のキキであり、ジブリは「もののけ姫」のたたら場でした。雇用を確保し安定した給与を施し技術を磨くには、一定の間隔で映像を作らなければなりません。しかし世界的超カリスマ天才アニメーション作家であっても歳には勝てません。新たな監督が必要となりました。宮崎駿の盟友高畑勲は宮崎駿より年上です。「耳おすませば」の近藤監督は鬼籍にはいりました。押井守監督は鈴木プロデューサーと懇意であり実写映画では製作や出演と協力関係にありながら、アニメでの共闘はきっぱりと断っているみたいですし、アニメーターとして宮崎駿の弟子である庵野秀明監督はやはり実写をジブリで撮ってもアニメは母体であるガイナックス以外では撮らないでしょう。外部から招聘したアニメ版「時をかける少女」「サマーウォーズ」の細田守監督はジブリ内部の反発を喰らって飛び出してしまうし、宮崎駿を頂点としたジブリ帝国臣民は国是として「宮崎アニメ」以外をしたくは無いのではないかとしか思えません。宰相鈴木敏夫としては、それでは会社としてやっていけないから文字通り東西奔走して担ぎ出したのが、建築家として伸び悩んでいた宮崎駿の子息であり、彼を“皇太子”として担ぎ出すしかジブリ社員を納得させ、かつ対観客的話題作りにも受けが良い、会社存続のための最善の方法だったのでしょう。
 アニメ製作会社は会社であっても個人商店と変わりなく、率いているオヤジさんが居なくなってしまっては潰れるか、虫プロのように版権会社として存続するしかありません。いわんや作品を作るとなると、技術云々よりも先ず作品を生み出す情念とか社会的鬱憤とかが必要であり、数百人の人々を巻き込んで作品を生み出すのは並大抵の根性と努力では済みません。果たして「宮崎吾朗」と云う監督にそれだけの“肝”があったのでしょうか。
 人は誰しも物語を一つだけは生み出す事ができます。それはその人の人生を描けばいいだけの話です。さらに仕事で実績をつくったひとならば仕事についても書けるでしょう。趣味を何十年も続けている人ならば趣味についても書けるかもしれません。先日朝日新聞で小学生で書籍を刊行したり賞をとった人々のその後を取材していましたが、その後に作家になった人は皆無だったそうです。プロとアマチュアの差は、プロならば一定水準の内容で“物語”を描き続けられると云う事でしょう。描き続けられるからプロなのか、プロだから書き続けられるのかは置いといて、一作品ならばアマチュアでも出来ると云う事です。
 「コクリコ坂から」を見る前に「宮崎吾朗」監督のインタビュー記事を読みました。「二作目が大事」と親であり師匠の宮崎駿監督から云われたそうです。記事なので記者の主観が優勢な分を割り引いたとしても、宮崎吾朗監督は「二作目が大事」の意味を勘違いしてしまっているとしか、映画の画面から伝わってきませんでした。
 宮崎吾朗監督のメッセージ性が全く感じられませんでした。
 単純な幼児的自己顕示欲でも自慢でも、出演している女優さんが好きで好きでしょうがないんですでもなんでもかまわないのですが、画面から伝わってくる“何か”を感じたくて観客は映画館に足を運ぶと云うのに、これならまだ「ゲド戦記」の方が宮崎吾朗の人生そのものでスキャンダルと云うかゴシップ的に面白かった。偉大な父の元を飛び出した少年は鈴木敏夫と云うゲドに拾われ癒され、龍という強大な力(=アニメーション監督)を手に入れ、めでたしめでたし。と云うプロットです。ところが今回画面から伝わってくるのは昭和30年代末の“風景”しかなく、プロならば同程度の水準で物語を作り続けなければ成らない「二作目が大事」がスッポリと抜けているとしか云いようが無い出来になっています。見事に素人作家の轍を踏んでいるとしか云えますまい。
 これだけ豪華なキャストが揃っているならば、実写映画を撮った方が絶対成功したと思いますよ。まだ役者の演技のならば人の出す情念が伝わってきます。アニメならばこその二次元映像をどう生かすかが技術的テーマであるはずなのに、根本の戦略を司令官である監督はどう考えたのでしょうかね?これを宮崎親子の悲劇と見るか、宰相鈴木敏夫の喜劇と見るか、高幡勲の論評を是非とも伺いたいものです。

以下yahooより引用
原題: -
製作年度: 2011年
別題: -
製作国・地域: 日本
上映時間: 95分
スタッフ
監督:宮崎吾朗
製作総指揮:-
原作:高橋千鶴 、佐山哲郎
音楽:武部聡志
脚本:宮崎駿 、丹羽圭子

キャスト
長澤まさみ(松崎海)
岡田准一(風間俊)
竹下景子(松崎花)
石田ゆり子(北斗美樹)
風吹ジュン(松崎良子)
内藤剛志(小野寺善雄)
風間俊介(水沼史郎)
大森南朋(風間明雄)
香川照之(徳丸理事長)

 解説: 『ゲド戦記』以来、宮崎吾朗が約5年ぶりに演出を手掛けるファンタジックな要素を排したスタジオジブリ作品。16歳の少女と17歳の少年の愛と友情のドラマと、由緒ある建物をめぐる紛争を軸に、真っすぐに生きる高校生たちの青春をさわやかに描いていく。主人公となる少年少女の声を担当するのは、長澤まさみと岡田准一。企画・脚本は宮崎駿。さまざまな価値観が交錯する戦後の高度成長期を背景に、現代を生きることの意味を見つめていくストーリーが感動を呼ぶ。
シネマトゥデイ(外部リンク)
 あらすじ: 東京オリンピックの開催を目前に控える日本。横浜のある高校では、明治時代に建てられた由緒ある建物を取り壊すべきか、保存すべきかで論争が起きていた。高校生の海と俊は、そんな事件の中で出会い、心を通わせるようになる。
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