木更津駐屯地航空際

木更津駐屯地航空際
2019年12月8日木更津駐屯地航空際にて撮影

2011年2月16日水曜日

屍鬼 10巻 読了

屍鬼 10巻 読了
藤崎竜/著 小野不由美/原作 20110209第1刷438円 ジャンプ・コミックス
 有名な駅弁、長野横川おぎのやの峠の釜飯弁当は今もって陶器の釜の容器で売られています。その陶器の釜は再利用が可能で、電子レンジの無い拙者には一食分のご飯をお粥にしたりするのにとても便利で良く利用しています。最近トップバリュのレトルトご飯(特に新潟こしひかり)を食べる事が多く、その日に食べる場合はイオンの売り場備え付けのレンジで温めてきますが、保存していた場合、お湯でボイルするよりもおぎのやの釜に水と共に入れて沸かすだけで温かいご飯が食べられます。レトルト状態のご飯は硬く固まっており、スプーン等で崩しながら釜に入れていくのですが、入れている状態を見ていると、数年前に亡くなった父の遺骨を骨壷にゴリゴリと崩しながら入れていた風景を思い出して仕方がありません。
 なるほど、だから“銀シャリ”なのか!
 合点がいきました。“シャリ”とは“舎利”。貴いお釈迦様の骨が中国を経由して日本にも渡来し仏塔に入れて拝んでいます。五重の塔などは仏塔がインドから伝わりつつ形も変えてきたのだそうですが、日本中の舎利を合わせると象一頭分くらいになるそうで、お釈迦様ってのは随分大きかったんですね。冗談はさておき、かつての保存食などを調べると“餉(乾飯)=カレイ・カレイイ”ご飯を乾かしたものが頻繁に現れます。昔は火葬も埋葬も自分達でやりましたし、食事をとるにも日常動物の“骨”を普通に見ていたのでしょう。拙者と同じように、乾いたご飯が骨片に見えたのでしょう。銀シャリと名付けた人のセンスに脱帽。

 さて「屍鬼」も10巻目。TVアニメは終了してしまいました。オチが着いたんだか着かなかったんだか、なんとも釈然としない部分を感じましたが拙者にはしましたが、ホラー映画なんていうのはそんなものなのかもしれません。
 マンガではアニメにおけるクライマックス部分。窮鼠猫を噛む。食料として狩られる存在だった人間達の逆襲が始まり、日中動けない“起き上がり”達の胸に白木の杭を打ち込んで止めを刺すのだった。仲間を次々と失っていく中、陽が沈むと“起き上がり”達もまた人間を襲い始める。顔見知りの村人達の間で血で血を洗う戦いが始まった。終わるのはどちらかが死に絶えた時、もしくは双方動く者が居なくなった時。
 原作小説を未読ながら、アニメとは異なる最後を見てみたいものです。
 
 内容説明:11月6日、惨劇の夜が明ける――。医者・尾崎を筆頭に、『屍鬼』を狩る人間達。もはやその光景は、狩る者と狩られる者との常識が反転する、おぞましき惨状…。命なき肉塊の叫びが外場村に響き渡り、佳境が近付く…。(アマゾンより引用)

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