2010年9月8日水曜日
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2010年9月4日土曜日
2010年9月3日金曜日
読経しちゃうぞ 読了
読経しちゃうぞ 読了絹田村子/著 小学館/刊 20100315第1刷400円 flowersフラワーコミックスα
古書店にて100円でGET!奥付を見ると6月20日第3刷版。新品同然でラッキー!! 神社と寺と教会の跡取り息子同級生達が恋に恋するコメディ。一歩間違えるとギャグになってしまうところを、危うくコメディーで堪えている才能に感動。TVで放送している新耳袋よりこっちの方が怖い。
内容説明:審査員激賞のデビュー作ほか、珠玉の名品8作収録! 2010年漫画界最強の大型新人による神をも畏れぬ超絶コメディー! 神主の息子・恭太郎(きょうたろう)、住職の息子・孝仁(たかひと)、牧師の息子・工(たくみ)の3人は、宗教違えど心はひとつ! 家業と恋との間で苦悩する、若き聖職者たちの知られざる日常とは? 超運命的な出会いを果たした神社仏閣教会トリオの新感覚コメディーほか、コミックオーディション銀の花賞受賞作も収録された充実の1冊です! ●収録作品/鳥居は端からくぐれ!/金曜日は悪魔祓い!/読経しちゃうぞ!/僕達には秘密がある/鎮めてみせます!/小羊の召すまま!/道行き/夏男と鳥女 (アマゾンより引用)
現在発売中『月刊アフタヌーン10月号』掲載「百舌谷さん逆上する」第30話 韮沢家の一族 は趣味にはじけていて素晴しい。
「シドニアの騎士」はなんとなく「ファイブスター物語」の番外編を見ているようだ。
2010年9月2日木曜日
優しい煉獄 読了
優しい煉獄 読了 森岡浩之/著 徳間書店/刊 20070831初刷648円 徳間デュアル文庫
9月4日5日と埼玉県の鷲宮神社でお祭りがあります。もはや“祭”だと云っても過言でもないような気がします。埼玉新聞のHPを見ると大宮のパレスホテルでねんどいろフィギュア付きの宿泊プランとか、「アニメの第15話にちょっとだけ登場した」とかパレスホテルが宣伝しているし、もう何がなにやら判らない情況に陥っていますねぇ。一時埼玉新聞倒産説が流れましたが、もしかして「らき☆すた」効果がカンフル剤になりましたか。夏コミでは玉ニュータウンが会場外で番組宣伝していましたが、埼玉新聞は企業ブースに参加しても充分やっていけるような気がします。鷲宮神社と組んで限定絵馬でも売れば売れると思いますよ。幸手も虎視眈々と聖地の地位を狙っているみたいだし。閑話休題。
「優しい煉獄」の話。
古書として購入してから数年、玄関脇に積まれていた本を発掘してみました。 森岡浩之と云えば「星界の紋章」シリーズでしょう。戦う女の娘と脇に立つ常識人の“萌え”SFの先駆的作品(イラストが大当たりの可能性もあり)だと思っています。 そして今作品はハードボイルドの雰囲気を目指すキャラクターによるSF設定。「仮面ライダーW」を見る前に読んでおくべきでした。イメージが引きずられてしまいました。 細かい教義は知りませんが“煉獄”とはキリスト教徒が死んだ後神の裁きを受け天国と地獄に振り分けられる間存在する世界の事だったと記憶しています。初期キリスト教には存在していない概念ではなかったでしょうか。本作においては機械の力を使い「ゼーガペイン」の世界を死者生者入り混じっての世界にしています。 私事ですが、押井守の作品群や「空談師」に触発され、ゲーム世界で遊んでいる内にノンプレーヤー・キャラクター達が進化してしまい、プレーヤー達の殆どは違うゲームに移動してしまったが、まだ何人かのプレーヤー達がゲーム内に“名も無き神々”として留まっていた。ゲームマスターとしてはプレーヤーとの契約を打ち切りを望み、ゲームプレーヤー達を現実世界へ覚醒させるべく、キャラクター達に使命を与え古き神々(プレーヤー達)を目覚めさせるミッションを与える。かくして神と云う名を与えられたゲームプレーヤーへのメッセンジャー達と、世界を崩壊から救おうとするノンプレーヤーキャラクター達との闘いが始まった。と云う舞台設定に普通の男子高校生が転校してきた使命を帯びている美少女とともに巻き込まれるストーリーを考えていました。が、やはり素人の考えた事は陳腐としか云いようがありません。プロの書いた物語の面白さに打ちのめされるしかありませんでした。
出版社 / 著者からの内容紹介:死者の街をゆく、私立探偵・朽網(くさみ)の活躍。全四話の連作長篇に書下しのエピローグも付す。アニメ化、ゲーム化もされたベストセラー「星界の紋章」「星界の戦旗」(ハヤカワ文庫JA)作家の最新長篇。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
内容(「BOOK」データベースより):「マスター、このコーヒー、冷めているよ」「お客さん、今朝からコーヒーは冷めるようになったんですよ」この世界、リアルを追求すると、不便になっていくのだ。そう。ここは、現世で死を迎えた連中が、生前の記憶を仮想人格として保持し、電子的な夢を共有するフィールド。すなわち―死後の世界。私立探偵を営むおれ、朽網康雄は、喫茶店『カトレア』で今日も油を売っていた。事務所へ戻ると、黒電話が耳障りな音をたてている。依頼の電話か?おれは受話器をとった。それが事件の始まりだった…。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より):森岡 浩之 SF作家。1962年生まれ。1991年、「夢の樹が接げたなら」で第17回ハヤカワ・SFコンテストに入選し、作家デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) (アマゾンより引用)
2010年9月1日水曜日
司馬遼太郎が語る(第三集) 聴了
司馬遼太郎が語る(第三集) 聴了~草原からのメッセージ~ 新潮社/刊 20050925発行
先日昼飯に蕎麦をたぐっていると、小学生の男の子を連れた三人家族が座っていました。男の子は暇をしているのか、しきりと「ビョウ、ビョウ」と繰り返していました。私は、嗚呼少年は「もののけ姫」を見てサントラで云うところの28曲目「黄泉の世界」を口にしているのだろう、と考えました。その家族の父親が、何だその“ビョウ、ビョウ”と云うのは?と聞くと、少年に代わって母親が、狂言の犬の鳴き声ですって、と答えました。
“ビョウ ビョウ”と云うのは犬の鳴き声だったのか!
ならば久石譲はシシ神が死を振りまく黄泉の世界の中で、犬神(この場合は“オオカミ”狼=大神の意が妥当ではなかろうか?)の母の死と共に、犬の声をBGMに入れていたと言うのか!
久石凄えぇ。
当然ながら宮崎駿も知っていたのだろう。
犬の鳴き声はワンワンだ、と少年は声を張り上げましたが、確かに狂言ではある種の様式化定型化をする古い演劇スタイルと考えられるますが、犬ではなく狼のマネをしたのだとすると、狼は犬の様に吠えないので、喉を鳴らす現代なら“グルグルグル”とでも表記する唸り声を“ビョウ ビョウ”としたのかもしれません。
子どもに狂言を見せるなんて、なんて教育的な家庭なんだろう、と思いつつ店を出、電車に乗った時、「日本語であそぼう」かもしれない事に気がつきました。閑話休題。
講演会の記録CD「司馬遼太郎が語る(第三集)~草原からのメッセージ~」を聞きました。
話の内容はだいたい「草原の記」や「この国のかたち」等のエッセイに書かれているものがほとんどでした。
文章を完成させるには過程の何処かで音読か黙読かは人によりますが、“読む”行為が必要になります。出身地方や個人の資質でどうしても独特のイントネーションが生じます。日本の学校教育の賜物か、お隣中国が話し言葉は異なれど漢字で共通化することに成功した事がお手本になっているのか、書き文字にするとほぼ意味の伝わる“文章”になります。況や司馬遼太郎は新聞記者であったためか、とても読みやすく解りやすい(誤解されにくい)文章を書きます。
それでもやはり大阪出身のご本人の声を聞くと、文字情報とは違う、関西弁の温かいニュアンスが伝わってきます。「情報」としてならば“ノイズ”でしかないのですが、例えば芸術で写実性なら写真に劣る絵画が今もって描かれ続けているのは、個人のフィルターを通しての“ノイズ”にこそ芸術性を求められるのではないのでしょうか?神林長平がそんな短編書いてました。
死して十数年、博覧強記の司馬遼太郎の“モノ語り”を聞ける幸せを噛締て、司馬遼太郎記念館へ無性に行きたくなりました。
内容紹介:中国東北部から東ヨーロッパへと続く広大なステップを舞台に、栄枯盛衰を繰り広げてきた草原の民──匈奴、スキタイ、モンゴル、韃靼などその時々でさまざまな呼び名を持つこの草原の民と彼らが築いた「遊牧」という文明の意義について語る。(1992年千葉市文化センターにて収録)
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